ウルグアイに関するテレビ番組
2007年9月23日(日)
NHK-BSでウルグアイの特集番組が放映されます。10月28日(日)午後9時から50分間。
「ネクスト 世界の人気番組ーウルグアイ」という番組です。
ウルグアイの国内製作の番組を通して、ウルグアイの文化・人を紹介するというものです。
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2007年9月23日(日)
NHK-BSでウルグアイの特集番組が放映されます。10月28日(日)午後9時から50分間。
「ネクスト 世界の人気番組ーウルグアイ」という番組です。
ウルグアイの国内製作の番組を通して、ウルグアイの文化・人を紹介するというものです。
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2007年9月23日(日)
9月20日、ウルグアイの首都モンテビデオでタイの映画が上映された。タイの伝統楽器の演奏家の一生を描いたもの。とても勝てないと思っていた演奏家についに勝つ場面は迫力があった。
その際のレセプションでタイの料理が供された。在アルゼンチン・タイ大使館の皆さんがこられて準備をした。タイ料理の試食会は、21,22の両日、スーパーマーケットでも開催された。
ウルグアイには、ウルグアイ人と結婚したタイ人女性と米国人と結婚してウルグアイに住んでいるタイ人女性の2名しかタイ人はいないとのこと。
大使館員の一人は、ペルー人と結婚しているとのことで、ブエノスアイレスで日本料理とペルー料理を出す「オオサカ」というレストランを推薦してくれた。
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2007年9月22日(土)
「Blindness」というハリウッド映画の撮影が、15日から20日、ウルグアイのモンテビデオで行われた。この映画は、ノーベル文学賞受賞者のポルトガル人、ジョセ・サラマーゴ氏の小説「白の闇」を原作として、ブラジル人のフェルナンド・メイレレスの監督による。ウルグアイ人のセサール・チャルロネが撮影ディレクター。
日本・カナダ・ブラジルの合作である。日本が資金の60%を負担するという。日本からのプロデューサーは、酒井園子さん。かつて、ハリウッド映画のバイヤーとして活躍していた。バイヤーをしている内に自分で映画を製作したいという気持ちになったという。国際的に幅広い人脈を有し、英語、スペイン語なども流ちょうに話す実力者である。
9月14日、この映画撮影のため、米国女優のジュリアン・ムーアがモンテビデオに到着した。日本人俳優は2名参加する。最初に盲目になる男性役に伊勢谷友介、その妻の役に木村佳乃。マーク・ラファロ、ダニー・グローヴァー他も出演。
来年、国際映画祭参加。一般公開の予定。
18日はあいにくの雨。更に、人工の雨の中での撮影。
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2007年9月22日(土)
9月18日昼、メルコスールのビルのサロンでチリのナショナルデー・レセプションが開催された。ウルグアイはチリとは格別の緊密な関係にある。大統領同士が極めて親しいという。
このような関係を反映してか、多くの招待者が出席していた。多くの大臣も出席していた。
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2007年9月16日(日)
笑うことは免疫力を高めるという。ガンも笑っていたら治ったという話も聞く。
ガンの原因にはストレスが大きいと聞く。笑うことによりストレスが軽減する。いつも笑っている人にガン患者は少ないのではと思う。
と思っていたところ、「重圧克服 気合より笑い」という見出しの9月7日付読売新聞の記事が目に入った。
笑うことによりストレスを解放しているという。
関節リウマチの患者も笑った後、痛みが軽くなったという。病気を悪化させる物質も減ったという。
ストレスがかかり続けると、緊張を伴う交感神経が活発になり、自律神経のバランスが崩れ、血圧の上昇や筋肉の緊張などを招くことがあるという。
ストレスが招く不調に対して、笑いの力はあなどれない。
ガンの標準治療は、基本的に免疫力を低下させる作用があるという。いかに免疫力を高めることをするかがが重要である。苦しくても笑うことが一番の治療ではなかろうか。そして、笑うことによる副作用などはない。
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2007年9月15日(土)
9月14日昼、中米5カ国、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカのナショナルデー・レセプションがクルブ・デ・ゴルフで開催された。
同日夜、メキシコのナショナルデー・レセプションがプラド・ホテルで開催された。
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2007年9月15日(土)
9月12日、ソリス劇場の支配人とモンテビデオ・交響楽団支配人を話した。
ソリス劇場では、先般、オペラ、リゴレットを行い、次は、カルメンである。
来年の予定の一つは、マダム・バタフライ(蝶々夫人)である由で、蝶々夫人の役のソプラノ歌手としてふさわしい日本人ソプラノ歌手を探していきたいとのことである。9月末から10月上旬の予定。
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2007年9月9日(日)
9月7日夕、ブラジルのナショナルディー・レセプションがメルコスールのビルで開催された。入口でブラジルの音楽が演奏されていた。
ウルグアイにとって最も重要というか関係が深い国がブラジルである。ウルグアイの東方のリベラ県、セロラルゴ県、トレンタイトレス県、ロチャ県の4県がブラジルと国境を接している。国境付近ではポルトニョールと呼ばれるポルトガル語とスペイン語のミックスした言葉が話されているという。お互いに自由に行き来している。税関などはしばらく離れた所にある。
ウルグアイには、ブラジルから二国間の通常の大使の他、メルコスール大使、ALADI大使がいる。
メルコスール(南米南部共同市場)とALADI(ラテンアメリカ統合連合)ともウルグアイの首都モンテビデオに事務局がある。
メルコスールの加盟国はブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイである。ベネズエラの加盟に関しては、議定書に署名済なるもブラジルとパラグアイの批准手続きが済んでいない。準加盟国は、チリ、ペルー、ボリビア、エクアドル、コロンビアである。
ALADIの加盟国は、中案米12ヶ国。オブザーバーは、日本を含め16カ国、9機関である。
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2007年9月9日(日)
ラカジェ元大統領と話した時、Brotraという魚がおいしいという。粉を振りかけて揚げて食べるのが良いという。Nicolas 712-1718 で買っているという。その後、パニーニというレストランのメニューにあったので試してみた。ちょっと塩味が効きすぎていた感じであった。
ドラスノ県に行った時には、チョウザメの肉の料理を試した。
そして、9月7日、ついに中華レストランに行った。モンテビデオの中華は、お勧めできないというので、今まで数件ある中華レストランに行かなかったのである。餃子もあり美味しかった。ご夫婦でやっているレストランである。ご主人が料理を作っている。事前に頼むと鍋も作ってくれるという。
デイアブロというところには、サメの漁場があるとのこと。すべて中国に輸出しているという。
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2007年9月8日(土)
アルベルト・ゴンサレス司法長官は、ヒスパニック系米国人として米国歴史上米国政府の最高位に就いたとのこと。
8人兄弟の2番目に生まれた。兄弟で大学に行ったのはアルベルトさんだけという。2004年ライス大学でのスピーチにおいて、ホワイトハウスの晩さん会に出席することや、大統領専用機エアーフォースワンに乗ることや、キャンプ・デービッドで週末を過ごすことなどは、夢にも思わなかったと述べたという。
ヒューストンで育った家には、温水もなく電話もなかったという。二部屋に両親と子供8人が生活した。
辞任を発表したとき、自分は、アメリカンドリームに生きて幸せであったと発言。司法長官時代の最悪の日々といえども、父親の最も素晴らしい時の日々よりも良かったと述べたという。
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2007年9月7日(金)
ゴンサレス米国司法長官が9月17日付で辞任するという。同氏は、メキシコ移民2世としては、米国で最も出世した一人に違いない。アメリカンドリームを果たした一人である。
同氏の辞任ニュースはウルグアイの新聞でも大きく報道された。日本の新聞では、ゴンザレスと書いている。日本の新聞は、ずっと以前、スペインのゴンサレス首相のことをゴンザレスと書いていた。「ZA」を日本では、「ザ」と発音するが、スペイン語では、「サ」と発音する。
発音のことはともかく、ゴンサレス司法長官は、色は褐色、小柄で非常に親しみやすい人柄である。両親は、メキシコからの移民。父親はテキサス州の建設現場で働いていた。子供8人の10人家族で二間しかない狭い家で暮らしていた。家庭は貧しかった。ゴンサレス少年14歳の時、父親が建設現場の事故で亡くなったという。
テキサス州ヒューストンには、米国南部のハーバードといわれるライス大学があるが、ゴンサレス少年は、この大学の競技場でソーダなどを販売するなどアルバイトを余儀なくされたという。相当苦労をしたに違いない。その後、ライス大学、ハーバード・ロースクールで勉学し弁護士になった。相当優秀だったに違いない。また、教育を受けることがいかに重要かを示している。
そして、現ブッシュ大統領の父親のブッシュ元大統領の知遇を得て、現ブッシュ大統領がテキサス州知事就任時より、同知事の側近として法律顧問、州務長官を務めた。その後、テキサス州最高裁判所判事となった。
このころ、ヒューストンにいた私は、何度もゴンサレスさんと食事をしたりする機会を持った。ファーストネームがアルベルトであるので、アル・ゴンサレスと呼んでいた。ブッシュ知事が大統領選挙で勝利してホワイトハウスに行く場合には、ゴンサレスさんもホワイトハウスに行くといわれていたが、実際、そうなった。将来は、連邦最高裁判所判事に就任する人材ともいわれていた。
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2007年9月6日(木)
ウルグアイ最大規模の博覧会「エキスポ・プラド」が9月5日に始まり、16日まで開催される。農牧畜産業の博覧会で、今年は第102回目である。牛728頭、羊461頭、馬256頭、豚61頭、山羊20頭など1,538頭が品評会に参加する。この他、家禽、ウサギなども参加する。また、競売により販売される。農業機械や自動車なども展示される。商談も行われる。
500ものスタンドが設けられる。各国、地域のパビリオンでは、それぞれの特産物などの紹介と販売も行われる。特設ステージでは、毎晩のように音楽やダンスが披露される。音楽コンクールも行われる。週末などは、家族づれなどでごった返すとのこと。毎年、平均で52万5千人が訪れるという。
アルゼンチンのパビリオンの開所式は、5日に行われ、農牧水産大臣、工業大臣、観光大臣が出席した。同日チリも開所式を行った。6日には、パナマが行い、副大統領が出席した。来週、大統領も訪れる予定である。
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2007年9月4日(火)
8月30日、コナプローレという乳製品生産会社のチーズ工場を訪問した。この会社は、乳製品生産において中南米一、世界でも有数の企業である。ウルグアイの輸出額において第一位をしめる企業でもある。
1936年、牛乳生産者によって設立された。現在、2,300の牛乳生産者による会社である。乳製品の75%強が世界の60カ国に輸出されている。チーズについては、近年、韓国への輸出が増えているという。
欧州の製品は値段が高く、豪州は干ばつで生産が減少しており、NZは土地に限界があるため、ウルグアイの製品に対する需要が高まってきている。ただ、国内の牛乳生産がそれに伴って増えないので供給不足状態になっている。
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2007年9月2日(日)
8月9日夜遅く、リベラ県よりセロラルゴ県の県庁所在地メロ市に到着した。セロラルゴ県は、ウルグアイで最大の牛飼育頭数を保有している。101万頭。羊は78万頭。米作、大麦栽培もおこなっている。日本のシニアボランティアが野菜栽培の指導を行っている。
翌10日、バレイロ県知事を訪問し、日本が協力した県立食糧配給センターとコパディン知的障害者支援センターを訪問した。シニアボランティアの活動している苗床栽培所にも行った。
ポスタ・デル・チュイという場所がある。かつての通行者の関所みたいなところであったが、今は、歴史博物館になっている。観光地の一つになっている。ここで県知事ほかと昼食をともにしたが、その際、パンパ・ガウチョというフォルクローレ舞踊団がマランボを踊ってくれた。
セロラルゴ県は、ブラジルと国境を150km接しており、ブラジルとの交流が深い。映画「エル・バーニョ・デル・パパ」の主人公は、ブラジル内で物資を購入して自転車でメロ市まで運んでいた。知事も昼食後ブラジルに所用で行くといっていた。
因みに、バレイロ県知事は、ウルグアイの県知事の長老であり知事会長とのこと。セロラルゴの前の知事は、現在の副大統領、ニンノボア氏である。
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2007年9月2日(日)
8月9日、リベラ県からセロラルゴ県に向かう途中に金鉱山に立ち寄った。カナダ、豪州、英国などの資本が入っているというサン・グレゴリオ鉱山である。露天掘りの鉱山である。金鉱山は初めて見たが、大規模な土木作業と鉱物抽出工場からなる。鉱脈が川の下にあるというので、先ず、川の流れを変える工事を行う。着いたのが夕方だったので夜になってしまった。24時間操業とのこと。コマツの重機械を使っていると言っていた。
1トンの鉱石から3.5~4g、時には、15~20g金がとれるとのこと。1か月平均で約10,000オンスの金がとれるという。鉱石からは、通常40%が金、60%が銀とのこと。これらはすべてスイスに運ばれるとのことである。この会社は、ダイヤモンドも探査しているという。
金鉱山に行く途中、山の上がナイフで切られたようにフラットになっている山がいくつか見られた。浸食されてこのような形になったというが珍しい山である。
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2007年9月2日(日)
8月8日夜、タクワレンボ県から陸路でリベラ県のリベラ市に入った。ここは、ブラジルとの国境の町である。国境といっても往来は自由である。国境を示す石碑のようなものとか国旗が掲揚されていたりする。結構寒い夜であった。いわゆる高級といわれるようなホテルはないが、どういうわけか宿泊客は多い感じである。
翌日、ビエラ県知事とお会いした。コロラド党の唯一の知事である。次の大統領選挙においてコロラド党内での大統領候補者の一人と目されている。
この日は、リベラ県農村地域巡回車両の供与式が行われた。この車両により、社会的に隔離された状態にある農村地帯を県庁職員、医療関係者が定期的に巡回し、一定の基本的公共サービスを提供するものである。
リベラ県は、林業が盛んである。ウルグアイで最大の植林面積を有する。全国植林面積の19%を占める。約65%が松で木材加工用に供される。その他、牧畜業、米作を行っている。
日系人のシゲタご夫妻にお目にかかった。ブラジルから移ってきたという。野菜栽培をしている。他にも日系人の方がおられる由。
リベラ市には、カラウのワイナリーがある。偶々、社長がモンテビデオから来ていた。先祖がカタルーニアから移住してきたという。スペインからではないという。先祖代々ワイン造りをしてきている。リベラの位置する緯度の地帯が最もブドウ栽培に適しているとのことから、ここにワイナリーをつくったという。
ブラジルとの国境の町ということから多くの免税店がある。いろいろな商品が販売されている。税金がかからないのでその分安く購入できるということである。KILANDとSPICAという名前のCD・ラジオを購入してみた。聞いたことのあるメーカーの製品は見当たらなかった。少し、値段が高くても品質の良い製品を購入した方が良いと思う。今時、雑音が出る音響製品などどうやって作れるのか不思議である。しかも、遠い中国で製造し運んでくるだけでもコストがかかるので、部品などの調達コストなどはいくらなのか。工場出荷価格などは100円にもなっていないのではと考えてしまう。
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2007年9月1日(土)
大分暖かくなってきたので近くのポロクラブで乗馬のレッスンを始めて受けた。自動車の運転をするように色々な決まりごとがある。乗馬と下馬の方法、騎乗の姿勢、胸を張って背筋を伸ばすのが正しい姿勢であるという。簡単に言うと威張った感じ。発進、停止、方向変換などすべて約束事になっている。
ウルグアイでは、馬との関係が深い。牧場では、ガウチョが馬に乗っている。学校に馬にのって通ったという人も多い。8月29日にお会いしたマルドナド県の知事も馬に乗って学校に通ったと言っていた。マルドナド県はモンテビデオから東に車で約一時間と少しで行ける南米屈指のリゾート地プンタ・デル・エステがある県である。
プンタ・デル・エステにおける最高級ホテルの一つがコンラッドホテルである。ここには、南米最大規模のカジノがある。ブラジルからチャーター機でこのカジノに来る人もいるという。そして、このホテルのペントハウス、一泊5,000ドルの部屋は、カジノのVIPが宿泊することが多いという。
上の写真は、コンラッド・ホテルのペントハウスからプンタ・デル・エステの一角を眺めたものである。
下の写真は、ホテル・サンラファエルである。
また、このプンタ・デル・エステは、かつてウルグアイラウンドが開催された場所である。会場となったホテルは、ホテル・サンラファエルである。
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2007年9月1日(土)
ウルグアイの首都モンテビデオに日本製紙の駐在員事務所が、9月1日付で開設された。前日夕、シェラトンホテルにおいて事務所開設レセプションが挙行された。本社から担当常務以下の幹部、住友商事の幹部、ウルグアイの林野庁長官など関係者多数が出席した。
ウルグアイは、近年、林業が急速に発展している。既存の樹木を伐採するのではなく、ユーカリや松を計画的に植林して育てている。この国に林業が適していると進言し、そのため、技術協力を行ってきたのは、日本のJICAである。
現在、日本にすらない大規模なパルプ工場が建設中である。日本への木材チップの輸出は、急速に伸びており、昨年の日本への総輸出額の83%を占めるまでになっている。
日本製紙は、世界の有数の製紙会社であるが、近い将来、世界の第5位の地位を目指しているという。
それにしても、日本における紙の使い方は面白い。トイレットペーパーの幅が私の知っている外国におけるものより広いのである。米国で購入した名刺入れに日本の名刺は大きすぎて入らず、切って小さくして入れたものである。新聞用紙はどうしてあんなに大きいのだろうか? A4サイズなどは米国ではだれも使わない。A4サイズのファイルもない。
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