テニス・ペトロブラス杯
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2008年2月24日(日)
谷めぐみさんの第17回リサイタル「スペイン わが心の歌」は、昨年10月10日(水)、日本大学カザルスホールで開催されました。
大変素晴らしいリサイタル。スペイン語での歌唱。
今般、谷さんより、その時のCDが送られてきました。高音が美しくのびやかなソプラノ歌手はそうはいないのではと思いました。
高尾桂子さんのピアノ伴奏も素敵です。
全16曲が収められておりますが、「千の風になって」が日本語とスペイン語で歌われております。恐らく、この曲がスペイン語でCDに収められているのは、このCDだけでしょう。
アストゥリアスの歌では、ホール全体が手拍子に包まれました。
次回の第18回リサイタルを期待しております。
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2008年1月21日(月)
ランブラ沿いにあるレストラン(Che Montevideo)でランチ。
海風と川風が混じった気持ち良い風が吹いていた。
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2008年1月6日(日)
招待状には、ご祝儀の振込先が記されている。
9時30分:公証人の前で署名などの儀式
10時:カナッぺ、飲み物
10時30分:ダンス(ワルツなど)
11時15分:食事
11時45分:ダンス
0時30分:メインデッシュ
1時:ダンス
1時45分:デザート
2時:ダンス
3時:乾杯、デザート
3時30分~5時:ダンス
それにしても、朝5時までダンスとは。すごいエネルギーである。大晦日の夜も同じだという。このエネルギーを国の発展に結集できる指導者がいたらすごい国になると思うのだが。
今は夏の休暇シーズン、多くの人たちはプンタデルエステなどのリゾート地で過ごしている。
せっかく、サマータイム制をとっているのに、暗くなる頃に集まりだして明るくなる頃まで電気をつけてダンスをしているとは。エネルギー資源の節約にはならない。
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2008年1月5日(土)
日本で購入してきた「病気が治る人の免疫の法則」(福田稔著)を読んだ。
「薬でも手術でもない。自分の力で自分を治す。」、「体から発せられる治したいという意思こそが免疫力である」などと帯に書いてある。
ゴルフ日和の絶好の天気の日に限って「虫垂炎」の急患が多いという事実から、白血球の顆粒球とリンパ球の関係、交感神経と副交感神経の関係、そして、免疫の仕組みに関する「福田ー安保理論」への展開。
一般的に健康人の白血球の数は1立方ミリメートルに約4,000~9,000個でその中の顆粒球とリンパ球の割合は、顆粒球が約40~60%(54~60%)でリンパ球が約30~40%(35~41%)とのこと。
ストレスや緊張は交感神経優位な状態を引き起こし、交感神経優位になると顆粒球が優位になる。顆粒球は活性酸素を放出する。顆粒球優位は免疫力低下につながるという。他方、副交感神経優位も病気をもたらす。交感神経・副交感神経ののバランスを取ることが重要という。
免疫力は、交感神経と副交感神経の間で常に揺れ動いているという。病気の回復過程では、リバウンドというものが起こりうるという。
うつからの生還に至る実践メソッド:「冷え=体の毒」を取り除いていくことを念頭
食事:玄米食、旬のもの、小食
生活習慣:汗をかくまで入浴、靴下・下着・パジェマなどシルク製品を身につける(シルクが一番毒を吸い取る効果があるとのこと)、散歩や掃除などの運動
家庭療法:爪もみ(自律神経が自然と整えられる)、つむじ押し(あらゆる不調に効果の出るポイント)
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2008年1月2日(水)
ウルグアイでは、夏のシーズン。1月はほとんどの人が夏期休暇をとると聞いていたが、働いている人もいる。
大統領及び3人の大臣は2日から31日まで。工業大臣は、12月31日から2月1日まで。労働大臣は、1日から31日まで。保健大臣と社会開発大臣は、2日から18日まで。国防大臣は、2日から15日まで。外務大臣は、7日から22日まで。教育大臣は、16日から31日まで。但し、14日に行政改革の会合を開催するという。
ところが、観光大臣、運輸大臣、経済大臣、農牧大臣は、休暇を取らないという。
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2007年11月17日(土)
11月1日付読売新聞(夕刊)に「がんワクチン実用化前進」との記事が掲載されている。
すい臓がん、胆道がん患者を対象にがんワクチンの臨床試験が行われるとのこと。
また、2001年から白血病、乳がん、肺がん患者に臨床試験が行われているという。
がんワクチンとは、体が持っている免疫力を利用する治療法で体への負担や副作用が少ない長所がある。今回の実用試験の実施により、実用化に向けて前進すると期待されると報じている。
がんの治療としては、現在、外科手術、化学療法(抗がん剤)、放射線療法が中心であるが、これらはいずれも免疫力を低下させる作用もある。本来、がんの治療のためには免疫力を高めなければならないことからしても、このワクチンによる免疫療法が早く実用化されるよう期待する。
ところで、子宮頸がんについては、ここウルグアイでも最近ワクチン接種が認められた。
免疫力でがんと闘う―副作用を抑えてがん細胞を攻撃する最新『がんワクチン』の力
| がんワクチン |
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2007年11月11日(日)
モンテビデオのテレビ局「tevé ciudad」でLa Travieta(椿姫)を放映していた。昨年ソリス劇場で上演されたオペラである。
主演のヴィオレッタをウルグアイ生まれのMaría José Siriさんが熱唱。
マリアさんは、先般9月のカルメンでも出演。ミカエラ役を6日間にわたって歌った。
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2007年11月10日(土)
DELE(Diplomas de Español como Lengua Extranjera)の試験がモンテビデオのInstituto Londonで行われた。この試験は外国人のためのスペイン語検定試験で全世界統一試験である。初級、中級、上級に分けられている。
8時半から始まるというのでその前に到着したが、実際始まったのは9時過ぎであった。読み、書き、文法、ヒアリング、会話と総合力が試される試験である。昼食後に会話の試験。順番で行うので遅い人は夕方までかかる。
鉛筆、消しゴム、鉛筆削り、青色ボールペン、領収書を持参するようとのことであったが、筆記具などは用意されていた。黒色ボールペンが用意されていた。青色は使用せず。領収書も必要なかった。おおらかで良い国である。
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2007年11月7日(水)
ラバジェハ県を訪問。牧畜、植林の他、水産加工、ミネラルウオーター、ビール、セメント、ブルーベリー、オリーブ、蜂蜜、観光、米、大豆など。水祭りや猪狩り、ラリー、マラソンなども。
音楽小学校では、シニアボランティアが教えている。
同県にある電力公社の広大な保養施設も視察した。
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2007年10月28日(日)
10月23日午前11時から議会の会議場で国連創設62周年記念式典が開催され、引き続きレセプションが行われた。
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2007年10月28日(日)
10月は、タンゴ祭りといった感じでタンゴのコンサートがシリーズで開催される。10月16日には、ソリス劇場で「Galas de Tango」が開催された。バンドネオン奏者のラウル・ハウレナさんが特別出演。ダンスも素晴らしかった。
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2007年10月15日(月)
9月28日昼、モンテビデオのカラスコにある中国大使公邸で中国のナショナルデー・レセプションが開催された。気持ちの良い日よりで庭も使ってのレセプションであった。
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2007年10月15日(月)
9月27日、ウルグアイの首都モンテビデオにある洋装店「アキアバラ」。このお店のことは、以前にも紹介したが、http://uruguay-jp.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_df51.html 聞いてみると、やはり、日本の「秋葉原」のモダンなイメージを出そうということからこの名前にしたという。アルゼンチンに本店があるとのこと。
今日は、付加価値税22%をサービスするというので覗いて見た。婦人用高級洋装店といったところ。かなりの高価な値段である。でも、結構お客さんが入っていた。
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2007年10月15日(月)
9月25~26日、ウルグアイの首都モンテビデオ、ラディソン・ホテルの2階の大会議室においてジュネクサス関係の国際会議が開催された。ジュネクサスとは、ウルグアイ人が作り出したソフトウエアー作成ツール。世界各国から2~3千人が集まって、熱心に討議していた。会場は熱気に包まれていた。
日本からもジュネクサス・日本代表を始め関係者が参加していた。
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2007年10月7日(日)
今日からサマータイムになった。日本との時差は、今までの12時間から11時間に変わった。
すがすがしい朝で大変気持ちが良い。多くの国でサマータイム制を採用している。自然の摂理からして至極当然のことをしているだけである。自然との関係が大きい農家の場合は、サマータイムだけでなく、一年中デーライトセービング制をとって働いている。
日本では、サマータイム制をとるとエネルギー消費が軽減され経済的効果があるから採用すべきとの声が以前よりあるが、これに反対する声も強い。時間を変更することにより交通機関が混乱するとかの意見もあった。世界の多くの国で何年も前からサマータイム制をとってきており、こんなことはまったく何らの問題も生じていない。日本国民は本当に保守的なんだろうか?
日本の夏は、朝4時には明るくなっている。多くの人は、睡眠中である。そして、夜はこうこうと電気をつけて生活をしている。
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2007年10月1日(月)
先にお知らせしました谷めぐみさんの第17回リサイタル「スペイン わが心の歌」がいよいよ、10日にせまりました。
http://uruguay-jp.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_c8bb.html
日時:10月10日午後7時開演
場所:日本大学カザルスホール(御茶ノ水駅より徒歩5分)
主催:エド企画(電話03-3479-3644、梅田)
http://uruguay-jp.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_fcef.html
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2007年9月23日(日)
NHK-BSでウルグアイの特集番組が放映されます。10月28日(日)午後9時から50分間。
「ネクスト 世界の人気番組ーウルグアイ」という番組です。
ウルグアイの国内製作の番組を通して、ウルグアイの文化・人を紹介するというものです。
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2007年9月23日(日)
9月20日、ウルグアイの首都モンテビデオでタイの映画が上映された。タイの伝統楽器の演奏家の一生を描いたもの。とても勝てないと思っていた演奏家についに勝つ場面は迫力があった。
その際のレセプションでタイの料理が供された。在アルゼンチン・タイ大使館の皆さんがこられて準備をした。タイ料理の試食会は、21,22の両日、スーパーマーケットでも開催された。
ウルグアイには、ウルグアイ人と結婚したタイ人女性と米国人と結婚してウルグアイに住んでいるタイ人女性の2名しかタイ人はいないとのこと。
大使館員の一人は、ペルー人と結婚しているとのことで、ブエノスアイレスで日本料理とペルー料理を出す「オオサカ」というレストランを推薦してくれた。
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2007年9月22日(土)
「Blindness」というハリウッド映画の撮影が、15日から20日、ウルグアイのモンテビデオで行われた。この映画は、ノーベル文学賞受賞者のポルトガル人、ジョセ・サラマーゴ氏の小説「白の闇」を原作として、ブラジル人のフェルナンド・メイレレスの監督による。ウルグアイ人のセサール・チャルロネが撮影ディレクター。
日本・カナダ・ブラジルの合作である。日本が資金の60%を負担するという。日本からのプロデューサーは、酒井園子さん。かつて、ハリウッド映画のバイヤーとして活躍していた。バイヤーをしている内に自分で映画を製作したいという気持ちになったという。国際的に幅広い人脈を有し、英語、スペイン語なども流ちょうに話す実力者である。
9月14日、この映画撮影のため、米国女優のジュリアン・ムーアがモンテビデオに到着した。日本人俳優は2名参加する。最初に盲目になる男性役に伊勢谷友介、その妻の役に木村佳乃。マーク・ラファロ、ダニー・グローヴァー他も出演。
来年、国際映画祭参加。一般公開の予定。
18日はあいにくの雨。更に、人工の雨の中での撮影。
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2007年9月22日(土)
9月18日昼、メルコスールのビルのサロンでチリのナショナルデー・レセプションが開催された。ウルグアイはチリとは格別の緊密な関係にある。大統領同士が極めて親しいという。
このような関係を反映してか、多くの招待者が出席していた。多くの大臣も出席していた。
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2007年9月16日(日)
笑うことは免疫力を高めるという。ガンも笑っていたら治ったという話も聞く。
ガンの原因にはストレスが大きいと聞く。笑うことによりストレスが軽減する。いつも笑っている人にガン患者は少ないのではと思う。
と思っていたところ、「重圧克服 気合より笑い」という見出しの9月7日付読売新聞の記事が目に入った。
笑うことによりストレスを解放しているという。
関節リウマチの患者も笑った後、痛みが軽くなったという。病気を悪化させる物質も減ったという。
ストレスがかかり続けると、緊張を伴う交感神経が活発になり、自律神経のバランスが崩れ、血圧の上昇や筋肉の緊張などを招くことがあるという。
ストレスが招く不調に対して、笑いの力はあなどれない。
ガンの標準治療は、基本的に免疫力を低下させる作用があるという。いかに免疫力を高めることをするかがが重要である。苦しくても笑うことが一番の治療ではなかろうか。そして、笑うことによる副作用などはない。
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2007年9月15日(土)
9月14日昼、中米5カ国、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカのナショナルデー・レセプションがクルブ・デ・ゴルフで開催された。
同日夜、メキシコのナショナルデー・レセプションがプラド・ホテルで開催された。
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2007年9月15日(土)
9月12日、ソリス劇場の支配人とモンテビデオ・交響楽団支配人を話した。
ソリス劇場では、先般、オペラ、リゴレットを行い、次は、カルメンである。
来年の予定の一つは、マダム・バタフライ(蝶々夫人)である由で、蝶々夫人の役のソプラノ歌手としてふさわしい日本人ソプラノ歌手を探していきたいとのことである。9月末から10月上旬の予定。
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2007年9月9日(日)
9月7日夕、ブラジルのナショナルディー・レセプションがメルコスールのビルで開催された。入口でブラジルの音楽が演奏されていた。
ウルグアイにとって最も重要というか関係が深い国がブラジルである。ウルグアイの東方のリベラ県、セロラルゴ県、トレンタイトレス県、ロチャ県の4県がブラジルと国境を接している。国境付近ではポルトニョールと呼ばれるポルトガル語とスペイン語のミックスした言葉が話されているという。お互いに自由に行き来している。税関などはしばらく離れた所にある。
ウルグアイには、ブラジルから二国間の通常の大使の他、メルコスール大使、ALADI大使がいる。
メルコスール(南米南部共同市場)とALADI(ラテンアメリカ統合連合)ともウルグアイの首都モンテビデオに事務局がある。
メルコスールの加盟国はブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイである。ベネズエラの加盟に関しては、議定書に署名済なるもブラジルとパラグアイの批准手続きが済んでいない。準加盟国は、チリ、ペルー、ボリビア、エクアドル、コロンビアである。
ALADIの加盟国は、中案米12ヶ国。オブザーバーは、日本を含め16カ国、9機関である。
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2007年9月9日(日)
ラカジェ元大統領と話した時、Brotraという魚がおいしいという。粉を振りかけて揚げて食べるのが良いという。Nicolas 712-1718 で買っているという。その後、パニーニというレストランのメニューにあったので試してみた。ちょっと塩味が効きすぎていた感じであった。
ドラスノ県に行った時には、チョウザメの肉の料理を試した。
そして、9月7日、ついに中華レストランに行った。モンテビデオの中華は、お勧めできないというので、今まで数件ある中華レストランに行かなかったのである。餃子もあり美味しかった。ご夫婦でやっているレストランである。ご主人が料理を作っている。事前に頼むと鍋も作ってくれるという。
デイアブロというところには、サメの漁場があるとのこと。すべて中国に輸出しているという。
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2007年9月8日(土)
アルベルト・ゴンサレス司法長官は、ヒスパニック系米国人として米国歴史上米国政府の最高位に就いたとのこと。
8人兄弟の2番目に生まれた。兄弟で大学に行ったのはアルベルトさんだけという。2004年ライス大学でのスピーチにおいて、ホワイトハウスの晩さん会に出席することや、大統領専用機エアーフォースワンに乗ることや、キャンプ・デービッドで週末を過ごすことなどは、夢にも思わなかったと述べたという。
ヒューストンで育った家には、温水もなく電話もなかったという。二部屋に両親と子供8人が生活した。
辞任を発表したとき、自分は、アメリカンドリームに生きて幸せであったと発言。司法長官時代の最悪の日々といえども、父親の最も素晴らしい時の日々よりも良かったと述べたという。
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2007年9月7日(金)
ゴンサレス米国司法長官が9月17日付で辞任するという。同氏は、メキシコ移民2世としては、米国で最も出世した一人に違いない。アメリカンドリームを果たした一人である。
同氏の辞任ニュースはウルグアイの新聞でも大きく報道された。日本の新聞では、ゴンザレスと書いている。日本の新聞は、ずっと以前、スペインのゴンサレス首相のことをゴンザレスと書いていた。「ZA」を日本では、「ザ」と発音するが、スペイン語では、「サ」と発音する。
発音のことはともかく、ゴンサレス司法長官は、色は褐色、小柄で非常に親しみやすい人柄である。両親は、メキシコからの移民。父親はテキサス州の建設現場で働いていた。子供8人の10人家族で二間しかない狭い家で暮らしていた。家庭は貧しかった。ゴンサレス少年14歳の時、父親が建設現場の事故で亡くなったという。
テキサス州ヒューストンには、米国南部のハーバードといわれるライス大学があるが、ゴンサレス少年は、この大学の競技場でソーダなどを販売するなどアルバイトを余儀なくされたという。相当苦労をしたに違いない。その後、ライス大学、ハーバード・ロースクールで勉学し弁護士になった。相当優秀だったに違いない。また、教育を受けることがいかに重要かを示している。
そして、現ブッシュ大統領の父親のブッシュ元大統領の知遇を得て、現ブッシュ大統領がテキサス州知事就任時より、同知事の側近として法律顧問、州務長官を務めた。その後、テキサス州最高裁判所判事となった。
このころ、ヒューストンにいた私は、何度もゴンサレスさんと食事をしたりする機会を持った。ファーストネームがアルベルトであるので、アル・ゴンサレスと呼んでいた。ブッシュ知事が大統領選挙で勝利してホワイトハウスに行く場合には、ゴンサレスさんもホワイトハウスに行くといわれていたが、実際、そうなった。将来は、連邦最高裁判所判事に就任する人材ともいわれていた。
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2007年9月6日(木)
ウルグアイ最大規模の博覧会「エキスポ・プラド」が9月5日に始まり、16日まで開催される。農牧畜産業の博覧会で、今年は第102回目である。牛728頭、羊461頭、馬256頭、豚61頭、山羊20頭など1,538頭が品評会に参加する。この他、家禽、ウサギなども参加する。また、競売により販売される。農業機械や自動車なども展示される。商談も行われる。
500ものスタンドが設けられる。各国、地域のパビリオンでは、それぞれの特産物などの紹介と販売も行われる。特設ステージでは、毎晩のように音楽やダンスが披露される。音楽コンクールも行われる。週末などは、家族づれなどでごった返すとのこと。毎年、平均で52万5千人が訪れるという。
アルゼンチンのパビリオンの開所式は、5日に行われ、農牧水産大臣、工業大臣、観光大臣が出席した。同日チリも開所式を行った。6日には、パナマが行い、副大統領が出席した。来週、大統領も訪れる予定である。
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2007年9月4日(火)
8月30日、コナプローレという乳製品生産会社のチーズ工場を訪問した。この会社は、乳製品生産において中南米一、世界でも有数の企業である。ウルグアイの輸出額において第一位をしめる企業でもある。
1936年、牛乳生産者によって設立された。現在、2,300の牛乳生産者による会社である。乳製品の75%強が世界の60カ国に輸出されている。チーズについては、近年、韓国への輸出が増えているという。
欧州の製品は値段が高く、豪州は干ばつで生産が減少しており、NZは土地に限界があるため、ウルグアイの製品に対する需要が高まってきている。ただ、国内の牛乳生産がそれに伴って増えないので供給不足状態になっている。
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2007年9月2日(日)
8月9日夜遅く、リベラ県よりセロラルゴ県の県庁所在地メロ市に到着した。セロラルゴ県は、ウルグアイで最大の牛飼育頭数を保有している。101万頭。羊は78万頭。米作、大麦栽培もおこなっている。日本のシニアボランティアが野菜栽培の指導を行っている。
翌10日、バレイロ県知事を訪問し、日本が協力した県立食糧配給センターとコパディン知的障害者支援センターを訪問した。シニアボランティアの活動している苗床栽培所にも行った。
ポスタ・デル・チュイという場所がある。かつての通行者の関所みたいなところであったが、今は、歴史博物館になっている。観光地の一つになっている。ここで県知事ほかと昼食をともにしたが、その際、パンパ・ガウチョというフォルクローレ舞踊団がマランボを踊ってくれた。
セロラルゴ県は、ブラジルと国境を150km接しており、ブラジルとの交流が深い。映画「エル・バーニョ・デル・パパ」の主人公は、ブラジル内で物資を購入して自転車でメロ市まで運んでいた。知事も昼食後ブラジルに所用で行くといっていた。
因みに、バレイロ県知事は、ウルグアイの県知事の長老であり知事会長とのこと。セロラルゴの前の知事は、現在の副大統領、ニンノボア氏である。
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2007年9月2日(日)
8月9日、リベラ県からセロラルゴ県に向かう途中に金鉱山に立ち寄った。カナダ、豪州、英国などの資本が入っているというサン・グレゴリオ鉱山である。露天掘りの鉱山である。金鉱山は初めて見たが、大規模な土木作業と鉱物抽出工場からなる。鉱脈が川の下にあるというので、先ず、川の流れを変える工事を行う。着いたのが夕方だったので夜になってしまった。24時間操業とのこと。コマツの重機械を使っていると言っていた。
1トンの鉱石から3.5~4g、時には、15~20g金がとれるとのこと。1か月平均で約10,000オンスの金がとれるという。鉱石からは、通常40%が金、60%が銀とのこと。これらはすべてスイスに運ばれるとのことである。この会社は、ダイヤモンドも探査しているという。
金鉱山に行く途中、山の上がナイフで切られたようにフラットになっている山がいくつか見られた。浸食されてこのような形になったというが珍しい山である。
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2007年9月2日(日)
8月8日夜、タクワレンボ県から陸路でリベラ県のリベラ市に入った。ここは、ブラジルとの国境の町である。国境といっても往来は自由である。国境を示す石碑のようなものとか国旗が掲揚されていたりする。結構寒い夜であった。いわゆる高級といわれるようなホテルはないが、どういうわけか宿泊客は多い感じである。
翌日、ビエラ県知事とお会いした。コロラド党の唯一の知事である。次の大統領選挙においてコロラド党内での大統領候補者の一人と目されている。
この日は、リベラ県農村地域巡回車両の供与式が行われた。この車両により、社会的に隔離された状態にある農村地帯を県庁職員、医療関係者が定期的に巡回し、一定の基本的公共サービスを提供するものである。
リベラ県は、林業が盛んである。ウルグアイで最大の植林面積を有する。全国植林面積の19%を占める。約65%が松で木材加工用に供される。その他、牧畜業、米作を行っている。
日系人のシゲタご夫妻にお目にかかった。ブラジルから移ってきたという。野菜栽培をしている。他にも日系人の方がおられる由。
リベラ市には、カラウのワイナリーがある。偶々、社長がモンテビデオから来ていた。先祖がカタルーニアから移住してきたという。スペインからではないという。先祖代々ワイン造りをしてきている。リベラの位置する緯度の地帯が最もブドウ栽培に適しているとのことから、ここにワイナリーをつくったという。
ブラジルとの国境の町ということから多くの免税店がある。いろいろな商品が販売されている。税金がかからないのでその分安く購入できるということである。KILANDとSPICAという名前のCD・ラジオを購入してみた。聞いたことのあるメーカーの製品は見当たらなかった。少し、値段が高くても品質の良い製品を購入した方が良いと思う。今時、雑音が出る音響製品などどうやって作れるのか不思議である。しかも、遠い中国で製造し運んでくるだけでもコストがかかるので、部品などの調達コストなどはいくらなのか。工場出荷価格などは100円にもなっていないのではと考えてしまう。
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2007年9月1日(土)
大分暖かくなってきたので近くのポロクラブで乗馬のレッスンを始めて受けた。自動車の運転をするように色々な決まりごとがある。乗馬と下馬の方法、騎乗の姿勢、胸を張って背筋を伸ばすのが正しい姿勢であるという。簡単に言うと威張った感じ。発進、停止、方向変換などすべて約束事になっている。
ウルグアイでは、馬との関係が深い。牧場では、ガウチョが馬に乗っている。学校に馬にのって通ったという人も多い。8月29日にお会いしたマルドナド県の知事も馬に乗って学校に通ったと言っていた。マルドナド県はモンテビデオから東に車で約一時間と少しで行ける南米屈指のリゾート地プンタ・デル・エステがある県である。
プンタ・デル・エステにおける最高級ホテルの一つがコンラッドホテルである。ここには、南米最大規模のカジノがある。ブラジルからチャーター機でこのカジノに来る人もいるという。そして、このホテルのペントハウス、一泊5,000ドルの部屋は、カジノのVIPが宿泊することが多いという。
上の写真は、コンラッド・ホテルのペントハウスからプンタ・デル・エステの一角を眺めたものである。
下の写真は、ホテル・サンラファエルである。
また、このプンタ・デル・エステは、かつてウルグアイラウンドが開催された場所である。会場となったホテルは、ホテル・サンラファエルである。
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2007年9月1日(土)
ウルグアイの首都モンテビデオに日本製紙の駐在員事務所が、9月1日付で開設された。前日夕、シェラトンホテルにおいて事務所開設レセプションが挙行された。本社から担当常務以下の幹部、住友商事の幹部、ウルグアイの林野庁長官など関係者多数が出席した。
ウルグアイは、近年、林業が急速に発展している。既存の樹木を伐採するのではなく、ユーカリや松を計画的に植林して育てている。この国に林業が適していると進言し、そのため、技術協力を行ってきたのは、日本のJICAである。
現在、日本にすらない大規模なパルプ工場が建設中である。日本への木材チップの輸出は、急速に伸びており、昨年の日本への総輸出額の83%を占めるまでになっている。
日本製紙は、世界の有数の製紙会社であるが、近い将来、世界の第5位の地位を目指しているという。
それにしても、日本における紙の使い方は面白い。トイレットペーパーの幅が私の知っている外国におけるものより広いのである。米国で購入した名刺入れに日本の名刺は大きすぎて入らず、切って小さくして入れたものである。新聞用紙はどうしてあんなに大きいのだろうか? A4サイズなどは米国ではだれも使わない。A4サイズのファイルもない。
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2007年8月26日(日)
8月7日、ドゥラスノ県より陸路でタクワレンボ県のタクワレンボ市に夕刻到着した。エスケラ県知事主催夕食会に出席していた警察長官はゴルバチョフさんに似ていた。
タクワレンボ県はウルグアイの県の中では最も広い県である。約1万6千平方キロメートル、人口5万1千人。牧畜業、林業、米作などが主要産業である。
タクワレンボという名前は、先住民族のグァラニー語で太い竹をタクワラと言っていたことに由来するとのことである。
毎年3月か4月にガウチョ祭りが開催され5~6万人が集まるとのことである。1週間に2,500頭の馬がウルグアイ、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイから集まる由。19世紀さながらの世界が再現されるとのこと。
6月16日~23日には、タンゴ・フェスティバルが開催される。因みに、6月23日がカルロス・ガルデルの命日である。
翌8日、エスケラ知事を訪問した。同知事は知事の仕事の他に中国から靴を輸入して国内数十か所の店舗で販売しているという。
タクワレンボ食肉処理施設も訪問した。オーストラリア、ニュージーランドと日本以外の世界各国に牛肉を輸出しているとのこと。米国とカナダ向けが全体の60%を占めている由。
国立農牧試験研究所タクワレンボ支所も訪問した。植林関係でJICAが協力したところである。ユーカリの種子をとるユーカリ林を視察した。
タクワレンボ市には、ウルグアイにおいて最も優れた病院の一つがあり、バスケス大統領の子息もガンの医師として診療に当たるとのことである。
タクワレンボ市から西に行ったところに風光明媚なバジェ・エデンというところがある。ここには鉄道の駅もある。そして、カルロス・ガルデルの博物館もある。
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2007年8月26日(日)
8月25日、ソリス劇場でオペラ「リゴレット」を鑑賞した。この日は、ソリス劇場の151周年記念日であり、ウルグアイの独立宣言182周年記念日でもあった。出演者の多くは、国際的に活躍しているウルグアイ人声楽家。中でも、伯爵役のCarlo Ventreの声は聴衆を魅了していた。Ventreさんのホームページによれば、日本でも2003年、2006年、2007年(6月、7月)出演している。2009年11月東京公演の予定も入っている。
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2007年8月25日(土)
ウルグアイ映画「エル・バーニョ・デル・パパ」を鑑賞した。この映画は、フランス、ブラジルで賞をとったという評判の映画である。ウルグアイのセロ・ラルゴ県の県庁所在地「メロ市」を舞台にしており、地元の人たちも出演している。先般、メロ市を訪問した時にお会いしたビルヒニア・ルイスさんが準主役の重要な役で出演していた。主人公の娘役。ローマ法王がメロ市を訪問した時の地元の悲喜こもごもの事柄を描いている。事実に基づくストーリーだという。
http://www.montevideo.com.uy/banodelpapa/
セロ・ラルゴ県知事主催の昼食会の際、パンパ・ガウチョという舞踊団がマランボを披露してくれたが、ビルヒニアさんは、この舞踊団のメンバーとして踊っていた。まだ15歳という。
ウルグアイに来て初めての映画であった。ポルトネス・ショッピングセンター内にあるムービーセンター、このセンターには、映画館が8か所ある。それぞれ結構広い。
日本と違って映画が始める前に国歌が流れる。全員起立して国歌を歌う。皆当たり前のようにそうしている。
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2007年8月25日(土)
8月24日、サンギネッティ元大統領にお会いした。1985年3月から5年間、1995年3月から5年間の2度にわたって10年間大統領をつとめた。ウルグアイでは、連続再選禁止であるため間があいている。最初の時は、1984年の民政移管後の最初の大統領として民主主義の回復につとめた。民主主義、自由経済、国際協調を旨としてきた。
国家間の関係においては、首長間の人間関係が重要であるとの意見である。
ウルグアイは、人口が少ない割には、芸術面、特に、美術において優れた人材が多いとのことである。同氏のサロンには、多くの自慢の美術品が掛けられていた。
ウルグアイにおいて、現在も活躍している元大統領は、サンギネッティ、ラカジェ、バジェさんの3名である。3人とも意気軒昂。声が大きいのが印象的である。
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2007年8月25日(土)
8月23日、クラシックギターの新星といわれるイタリア人のギターリスト「Flavio Sala」のコンサートがあった。さまざまな国際コンクールで優勝し、世界各国で演奏活動を続けている若手の演奏家である。1983年生まれ。
ラディソン・ホテルの会場は満席の聴衆であった。美しい音色であった。
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2007年8月24日(金)
ウルグアイの首都モンテビデオ市庁舎の広いロビーで日本の写真展「自然に潜む日本」が開催されている。8月31日まで。そのあとは、9月27日から10月16日までコロニア県のTeatro Bastion del Carmenで開催される。
この写真展は、矢萩喜従郎さんが日本各地で撮影した85点からなる白黒写真の展示である。日本にいてもお目にかかれない珍しい発見が多い。
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2007年8月21日(火)
ウルグアイの首都モンテビデオを取り巻く形に位置しているのが、カネロネス県である。首都に近いことから、果物、野菜の生産が全国の60%、鶏肉が70%、ワインが70%という。牛乳も卵も生産している。食肉処理施設については、全国の10か所の内、5か所がカネロネス県にある。食料とワインの供給地となっている。
県知事のカランブラさんは、お医者さんでもあり、かつて、日本の東京医科大学で数か月研修を受けたことがある。とても親日的な方である。
カネロネスという県の名は、この地にあるカネロという木からとられたという。この地への最初の移住者は、カナリア諸島からだという。知事の先祖もカナリア諸島から来たという。
この県には、近く日本企業が工場を建設する予定と聞く。
ちょうど、今日は、カスティージョ・ビエホというワイナリーの80周年記念にあたり、大統領、工業大臣、経済大臣などもかけつけて式典が行われた。
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2007年8月20日(月)
夜8時からのジャズコンサートに行った。ウルグアイに来て初めてのジャズである。
作曲家でありギターリストであるセルヒオ・フェルナンデス氏の監督・指揮によるコンサート。小編成のモンテビデオ交響楽団とバイオリン、ビブラフォン、コントラバス、ドラムス演奏家との共演であった。バイオリンは、フェデリコ・ナッサン氏。
会場は満席、通路もいっぱい、入りきれない人は、会場の外で聞いていた。ジャズを好きな人が多いらしい。
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2007年8月19日(日)
8月7日ドゥラスノ県を訪問した。ウルグアイには全部で19県あるが、ドゥラスノ県はモンテビデオから北へ約200km。ウルグアイのほぼ中央に位置している。
ドゥラスノ(Durazno)とは、スペイン語で桃を意味する。スペイン人がやってきたころ、この地には桃が多かったからだというが、今はあまりない。
牧畜業と林業が主産業。人口約6万人、牛82万頭、羊81万頭。植林面積は約3万8,000ヘクタール。
南半球で唯一のチョウザメの養殖をしており、キャビアを欧州、中南米諸国に輸出している。ロシアでチョウザメの肉とキャビアの90%を生産しているが、ロシアでチョウザメが絶滅の危機に瀕した場合に備え、世界のどこか適したところでチョウザメを養殖しようということで、人工衛星を使って調査した結果、ウルグアイの中央部が最適地ということになったという。ドルラスノ県の西部にあるバイゴリアというところで養殖されている。欧州ではキャビアは1回しかとれないが、ここでは2回とれるという。
ビダリン知事は、バイゴリアというところは、スイスのような風光明媚なところであり、日本人の年金生活者などが過ごすところとして素晴らしいと思うと言っていた。
驚いたことにここは、さまざまな文化行事が盛んである。カリブ音楽祭には6万人、カーニバルにも6万人、フォルクローレ祭には12万人、ロックフェスティバルには36万人が世界各国から集まるという。この他、パントマイム、火祭、羊肉祭り、植林フェスティバルなど。
プラタナスの並木道がありこちにある。2万2千本あるという。
ここは、今年5月河川氾濫で浸水被害があったところであり、日本から緊急物資援助を行った。ビダリン知事は、市内にある公園の一つを日本公園と名付けるという。
ビダリン知事は、国民党の大統領候補の一人として注目を集めている人である。
音楽小学校では、日本のシニアボランティアの指導のもと、日本語の歌を歌っていた。
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2007年8月19日(日)
南米は日本の反対側に当たるため、航空路線は、世界のどこを経由しても距離と飛行時間はあまり差がない。米国、カナダ、メキシコ、欧州、アフリカ、アジア、大洋州経由でのフライトがある。
従って、乗客は乗り継ぎなどの利便性が良いフライトを選択することになる。しかし、残念ながら、乗客の利便性に優先度を置いた航空路線は見当たらないのが実情である。南米路線は、真空状態といった感じである。
常識的に見て、南米に飛ぶには、成田ーロスアンジェルスー南米という路線が最も利便性にかなうと考える。しかし、現実的には、ロスアンジェルス経由の乗客はほとんどといっていない。最も利便性が良くない路線の一つになっているといえよう。
おそらく、需要が少ないとみているのだろうと思われる。しかし、アジアと南米間の航空需要はかなりあると思われる。南米の多くの人は、日本を含めアジアに行くのに欧州路線を選択している。例えば、韓国へは、ウルグアイーマドリッドーソウルという便がある。アフリカ路線もある。マレーシアへは、同一機材で南アフリカ経由のフライトがある。
8月7日付日本経済新聞において、全日空(ANA)が「エアライン・オブ・ザ・イヤー・2007」に選ばれたと報じており、同社の米州総支配人の石井知祥氏のインタビューを掲載している。2010年は「航空ビッグバン」の年と言われ、増便や新路線開設がやりやすくなるという。ボーイング787を世界に先駆けて50機も導入するとのこと。南米路線の利便性が向上することを期待したい。
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2007年8月19日(日)
8月16日、ウルグアイの首都モンテビデオに近いサンホセ県にある牧場を訪問した。
ウルグアイでは、首都モンテビデオに近いところから、野菜栽培、乳牛飼育、肉牛飼育というのが一般的とのこと。この牧場は、1,700ヘクタールの半分程度を肉牛飼育、その他を大豆、小麦などを栽培しているという。
肉牛は、1,600頭飼育している。150kg程度の8か月の子牛を購入し、12から18カ月かけて450kg程度まで飼育して食肉処理施設に販売するという。
この牧場では、肥育方式をとっており、そのため、1ヘクタール当たり2から2.5頭飼育できるという。通常の牧場では、1ヘクタール当たり牛は1頭、羊では2頭とのことである。
広大な牧場・農場であるにもかかわらず、雇用者はたったの5名とのこと。
若くて陽気な牧場主夫妻が親切に説明してくれた。
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2007年8月18日(土)
8月16日、コロニア県にある食肉処理施設を訪問した。最新の施設を備えた新新施設も建設中で、間もなく完成するという。これにより処理機能が拡充する。ウルグアイの肉は、ほとんどが自然肉であるが、2%程度は有機肉であるという。ここでは、有機肉の加熱処理もできるという。
この処理施設で生産される食肉の内、80%は米国をはじめとする各国への輸出に向けられている。輸出していない国は、日本とオーストラりアぐらいだという。ウルグアイの牛肉は、厳しい衛生条件のもとで生産される自然肉であり、高級品ということのようである。
日本には、加熱処理肉が輸出できるものの、ウルグアイの肉は価格面で折り合わなくて日本側が他の国の安い加熱処理肉を輸入しているとのこと。これらの国の肉は、衛生面で厳格な米国などでは輸入しないので、日本などに安く販売しているとのことである。
この処理施設では、米国の高級レストランにそのまま持って行って、そのまま調理できるようにカットしている。これらは、高級な品質の牛肉であり、大変美味しいものであるが、国内では高く売れないので、国内には卸していないとのこと。
米国は、ウルグアイから脂分の少ない牛肉を輸入し、脂分の多い牛肉を日本などに輸出しているとのことである。
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2007年8月18日(土)
「Internet World Stats」によれば、インターネットの普及率において、ウルグアイは、南米でチリ(42%)、アルゼンチン( 34%)に次いで33.6%で第3位である。
南米全体では、3億7,000万人の人口の内、21%にあたる7,790万人がインターネットを使用している。世界全体では、11億7,300万人が使用している。その内、78%が米国をはじめとする20カ国に住んでいる。
因みに、米国69.7%、日本67.1%である。アジアでは、香港が68.2%で日本をしのぐ。次いで、韓国66.5%、シンガポール66.3%、台湾63%の順である。中国は12.3%である。
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ウルグアイの首都モンテビデオでJ-POPコンテストが開催された。30名の出演者。26名が若いウルグアイ人であった。みんな日本語で歌っていた。会場は満員で入りきれない人が大勢いた。J-POPが日本からこんなに遠く離れたところですごい人気があるとは驚きである。
多くの曲は、アニメソングということである。知っていた曲は、ムーンライト伝説だけであった。この他の歌われた曲は、Be Your Girl、小さな手紙、Breve Heart、Glaring Dream、素敵だね、Blurry Eyes、Automatic、駄目!、ペガサス・ファンタジー、残酷な天使のテーゼ、Tactics、Le Ciel、This Love、Flor-Go、DNA Evolution、君という名の光、ガーネット、Ready Steady Go!、Loopなど。
優勝者は、Tacticsを歌ったMiguel Angel Arias君。NHKののど自慢に出たら合格の鐘が鳴ったであろうと思われる出来栄えであった。 準優勝者は、This Loveを歌ったVeronica Floresさん。 司会は、昨年度のミス・ウルグアイがつとめた。
HIT SONG MAKERS 栄光のJ-POP伝説 [DVDエディション]
Anime From Akira To Howl's Moving Castle: Experiencing Contemporary Japanese Animation
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2007年8月12日(日)
7月6日、麻生外務大臣が経団連会館において「日本にとって中南米の意味を問う」と題してスピーチを行った。http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/easo_0706.html
この中で、中米ホンジュラスでのことについて触れている。その一つがホンジュラスで演劇上演された長岡藩の故事「米百俵」である。この米百俵の上演に至るまでにはホンジュラス側と日本側との熱意と献身的な協力があった。日本国内からの温かい支援と寄付もあった。ある一人暮らしの年金生活者のご婦人が毎月の年金をためた中から30万円もの寄付をしてくれた。建設会社のハザマの皆さんが舞台を作ってくれた。文化大臣がスペイン語に翻訳した。
宇宙飛行士の向井千秋さんも森長岡市長も舞台で挨拶した。紀宮殿下も観劇された。
ホンジュラスでは全国くまなく巡回上演した。数十回を超える上演である。近隣諸国でも上演した。
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2007年8月12日(日)
ここウルグアイのモンテビデオは冬の真っ最中です。ちょうど日本の反対側です。
でも、庭にはいくつかの花が咲いています。レモンやはっさくに似た柑橘類なども実っています。桜のつぼみもふくらみつつあります。すべての花の名前がよくわかりません。わかる方がいらしたら教えて下さい。
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2007年8月12日(日)
8月7日から10日の間、3泊4日でウルグアイの地方、4県を回って来た。ドゥラスノ 県、タクワレンボ県、リベラ県、セロラルゴ県である。走行距離は全体で2,000km近くになろう。毎日数百kmであり、大分疲れた。
タクワレンボ県には、タンゴ界の巨匠といわれるカルロス・ガルデルの博物館がある。カルロス・ガルデルは、ウルグアイで生まれたウルグアイ人であるとあちこちに記されている。ガルデルのウルグアイ人であることを証明するパスポートの写真もある。
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2007年8月11日(土)
先日、ウルグアイから日本へのフライトについて書いたが、今回は、その帰りのフライト成田ーモンテビデオのフライトについてである。このフライトは、成田ーダラス・フォートワースーマイアミーモンテビデオというもので2か所乗り換えである。帰国の際は、モンテビデオーマイアミの間にブエノスアイレスがあったので3か所乗り換えであった。それに比べると少しは楽であった。それでも所要時間は33時間であった。
ウルグアイへの帰任フライト
070723(月)13:30 日本交通のタクシーで家を出発新宿駅南口へ(1,140円)。14:12新宿発成田エクスプレス27号で成田空港第二ビルへ15:25着(3,310円)。
15:40チェックイン終了。空いており簡単にできた。ゲート71番手前にAdmirals Club。17:10ゲート73番搭乗。
18:06成田離陸AA60(23日04:06ダラス時間)。予定時刻では17:45。
15:25ダラス・フォートワース空港着陸。CIQ手続きし、荷物引き取り16:05荷物チェックイン。マイアミへの出発便は同じビルのD25。Skylinkで移動する必要がなかった。D23とD24の間にAdmirals Club。
18:08ダラス・フォートワース空港離陸AA408。(19:08マイアミ時間)予定では17:45発。
21:20マイアミ空港着陸。予定では21:35。モンテビデオ行きの便はA10ゲート。Aターミナルまで20数分歩く。かなり遠い。A10ゲートすぐ上にAdmirals Club。すぐ側に免税店。22:30搭乗。
7月24日(火)00:07マイアミ空港離陸AA989。モンテビデオ時間01:07。予定では23:15離陸。リクライニングがほぼ水平になるので休める。
09:45モンテビデオのカラスコ空港着陸。予定では09:05。
10:30家に到着
それにしても、7月21日、22日とも成田ーダラス便は、満席で席が取れない状況であった。マイアミ発では3名がオーバーブッキングであった。そのやりくりで出発が遅れた。
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2007年8月5日(日)
8月1日、ウルグアイの首都モンテビデオにある「ZONAMERICA-Business and Technology Park」を訪問した。ウルグアイが誇るフリーゾーンである。http://www.zonamerica.com/web/
ウルグアイは、ブラジルとアルゼンチンの間にあり、ラテンアメリカの大きな市場の入口に位置している。そもそも、ウルグアイのモンテビデオ港は、南米随一の港であることから、南米地域における物流の拠点となっている。
これに加え、恵まれた人的資源、安定した政治・社会情勢、投資優遇策、整備されたインフラ、トップクラスの情報通信環境などがあいまって、「ZONAMERICA」は世界の投資家に格好のビジネス環境を提供している。すぐ近くには、カラスコ国際空港がある。
サービスセンター、ロジスティックス・ディストリビューション、フィナンシャルサービス、コンサルティング・オーディティング、コールセンター、情報通信、バイオテクノロジー、製造業などの分野で世界の多くの企業が「ZONAMERICA」でビジネスを展開している。
ここには、リコーがラテンアメリカにおける物流センターを設置している。ラテンアメリカにおけるリコー製品は、すべてここのセンターでコントロールされている。巨大な倉庫には、数多くのリコー製品が整然と置かれていた。リコーのセンターでは、植林活動など社会貢献活動を行っている。
コールセンターには、「Sharp Directo」も事業を行っている。
ウルグアイは、ソフトウエアーの分野で南米一の輸出国であるが、その多くがここでつくられている。マイクロソフトもTATAもここに入っている。日本にもソフトウエアーを輸出している「GENEXUS」もここである。
ボケの花が咲いている。
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2007年8月5日(日)
7月24日付のブログで7月11日急遽一時帰国することになったことを記したが、その際の帰国フライトの旅は次のようなものであった。
ウルグアイは、地球の中で日本のほぼ反対側に位置しているので、日本往復のフライトについては、米国経由、欧州経由、アフリカ経由、大洋州経由があり、いずれも距離的にはあまり変わらない。フライトコネクション次第で時間的な差が出てくる。一番時間的に短いのは、現在のフライトでは、欧州経由と思われる。
7月11日午前の情報により急遽帰国することとなったが、この時点で、欧州経由フライトについては、満席か時間的に予約できない状況であったので、米国経由のフライトとなった。
7月11日(水)16:40 家を出発、約10分でカラスコ国際空港に到着。アメリカン航空のチェックインカウンター入口でEチケットを見せるとレシートの横長のチケットをくれる。このチケットとパスポートをチェックインカウンターに持って行く。そこで搭乗券(モンテビデオ・ブエノスアイレス、ブエノスアイレス・マイアミ、マイアミ・ダラス、ダラス・成田の4枚の搭乗券)をくれる。
17:30ごろ、ゲート入口でパスポート、搭乗券見せる。手荷物はどこにあったかなどと質問あり。手荷物X線検査(ポケットの中のもの、時計、鍵ペンなども)。X線ゲートくぐる。ブザーなる。係の人が手に持った感知器で検査。
18:57 AA900モンテビデオ発。17:50発の予定が遅れる。乗客の搭乗手続きに時間がかかったため。実際、AAのチェックイン手続きのため、エコノミークラスの人が長蛇の列になって並んで待っていた。AAのチェックイン手続きに問題あり。
19:25 ブエノスアイレスのEzeiza空港着。Transitの入口のところで手荷物検査。そこを通過し、ゲート8がマイアミ行きのゲート。ゲート10の隣にAAのラウンジ(Admirals Club)あり。搭乗券見せて入る。
20:30ごろ、搭乗。搭乗券を出して入ったところで全員手荷物検査。しかし、これは、おざなり。座席13D。13Gには、米大次席、ボストンの家族の所に夏休みで行くとのこと。
21:42 離陸。夕食(サラダに肉かスープということであるのでスープを頼んだ)。メンドーサの赤ワインを注文したが美味しくなかった。
7月12日(木)04:45ごろ(マイアミ時間、ウルグアイとは1時間の時差、日本とは13時間)朝食(アメリカン、ヨーグルトかオムレツ、ヨーグルトを頼んだ)、入国カードと税関申告書を記入。
05:16 マイアミ空港着陸(予定では04:55)。CIQ手続き。米国ビザある人は白の税関申告書、ビザない人は緑の税関申告書。手続き終了し出たところにチェックイン荷物を預けるところあり。2階のAAのカウンターの場所から荷物検査。D32がダラス行きのゲート。Admirals ClubはD34の近く。このクラブは広くてシャワー室もあり。
07:00 6Aの席に着席。
07:45 離陸(AA393)、予定では07:30発。
09:20(ダラス時間) ダラス・フォートワース空港着陸(C-26)。マイアミとの時差1時間(日本と14時間)。手続きなしでスカイリンクに乗ってゲートD-36に移動。機内で東京行きのフライトAA175のゲートがD36ということとスカイリンクで移動するのが一番と聞いていた。
09:45 座席着。スカイリンク降りて行ったところがD36であり、すでに搭乗開始していたのですぐに搭乗した。搭乗の際、出国カード提出。10:05ごろ、税関申告書持ってきたので記入。朝日新聞を取って読む。この乗り換えは、ほとんど時間がかからずに済んだが、もし、マイアミからのフライトが少しでも遅れていたら、日本行きフライトに間に合わなかったことになるという危険があった。
10:23 離陸(AA175)。予定では10:10。日本との時差が14時間であるので、離陸時点での日本時間は翌日13日の00:23。ジャケットを洋服掛けに持って行ってくれた(ブエノスアイレスからマイアミ間では知らん顔であった)。
13日01:10(以下日本時間) 食前酒として梅酒を頼む。グラスになみなみ梅酒を入れて持ってきた。梅酒というものの入れ方を習っていない。和食の機内食を食べる。ごはんがぱさぱさ。ご飯を入れた茶碗がすごく熱い。ご飯を入れて茶碗ごと電子レンジでチンしたものであろう。間違うと火傷をする。ごはんというものをどうやって食べるかということを知らないのであろう。なぜか和食というのに生ハムが入っている。日本茶のお代わりもしてくれた。つま楊枝がある。ブエノスアイレス・マイアミ便にはなく、つま楊枝を頼んだらジュースを飲む時のストローを持ってきてくれた。これでは役に立たない。ブエノスアイレス・マイアミ便では食後のコーヒーも出なかった。ブエノスアイレス・マイアミ便に比べ成田行きの方がサービスが良い。ただし、ヘッドフォン(BOSE)のボリュームが大きすぎる。
08:45 トイレに行く。ビジネスクラスの3か所とも水はけに問題があり、客室乗務員がファーストクラスのトイレに連れて行ってくれた。トイレを済ませて出てきたところの座席の人と目があった。その席はファーストクラスの最前席であり大統領などトップクラスの人が通常座る席である。若くてきりっとした米国女性と思われる人で真剣にパソコンの作業中であった。他の人たちはほとんど寝ているというのに、東京で大事な会議にでも出席する準備をしているかのようであった。こういう人は、すごくストレスを抱えてしまうのではないかと心配である。
09:00ごろ、客室乗務員が蕎麦と弁当箱(Bento-box)のどちらがいいかと聞いてきたので、どちらがおすすめかと聞いたら、日本人の多くは蕎麦を食べるとのことであったが、私のところには両方持ってくると言って、両方持ってきてくれた。蕎麦はつゆとともに冷たい。果物(メロンとイチゴ)がついていた。弁当箱にはご飯が入っているものと思って蓋をあけてびっくりした。何とクラッカー2個、チーズ2個そしてチョコレートケーキ1個が入っていた。
これでは、日本人が蕎麦を頼むのも不思議ではない。しかし、これでは、弁当箱というのはクラッカーなどが入っているものと知らない人は思ってしまうであろう。因みに、就航した当時のコンチネンタル航空のヒューストン・成田便では、客室乗務員がベンターボックスと言っていたが、ちゃんとご飯が入っていた。
11:45ごろ、軽食がサーブされる。
12:41 成田空港着陸。13:05予定であったが少し早く到着した。CIQ通って出口前の空港リムジンバス切符売り場で新宿行き13:15発の切符、3,000円で購入。6番乗り場。次は13:30とのこと。JRの新宿行時刻が分からないのでバスにした。バスの切符売り場では教えてくれなかった。AAの機内でも知らないと言っていた。
13:15 6番乗り場からバス出発。第二空港ターミナルで2か所、第一空港ターミナルで2か所乗客をピックアップ。14:20首都高速が渋滞しているのでいつもより時間がかかるとのアナウンスあり。
15:17 新宿駅西口着。このあと、新宿ワシントンホテル、ヒルトンホテルへ行くとのこと。新宿駅西口(京王百貨店前)で降りて、すぐタクシーに乗って自宅へ。
15:30 自宅着。ウルグアイの自宅を出発してから34時間40分かかったことになる。
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2007年8月4日(土)
「2007ロフェリーのつどい」が6月17日(日)なかのZERO大ホールで開催された。
演奏は、菅 宗次編曲・指揮による「ロフェリー・フラウテ」、ソプラノの島田祐子さんが特別出演。
「ロフェリー・フラウテ」は、アマチュアのフルート・アンサンブルである。戦後日本フルート界の草分け的指導者である菅 宗次先生のもと、1973年結成されて、今年で34年目を迎えた。明るい社会づくりのため、慰問演奏、ボランティア活動など積極的に活動してきている。
その中でも、「ロフェリーのつどい」は、一番大きな演奏会である。今回で第15回目である。今まで、ゲストとしてボニージャックス、桑島すみれ、島田祐子、立川清登、中田義直、菅原洋一、秋山恵美子、岡村喬生などが出演した。
モーツアルトのセレナーデ、ピーターと狼、バッハのカンタータ、ダッタン人の踊り、島田祐子さんの芭蕉布、涙そうそう、アメイジング・グレイスなどが演奏された。
ほぼ満員の観客のみなさんは、アマチュアとも思えない素晴らしい演奏に感銘を受けていたという。今までも、「ロフェリーのつどい」を聞いて、音楽が好きになった人、フルートを始めようと思った人が多いという。
菅先生から早速CDをいただいた。知らない人は、プロの演奏と間違えるほどの出来栄えである。「ロフェリー・フラウテ」は、演奏会の他にも数多くのCDを出している。2005年の紀宮殿下のご成婚の年に、「清子さまに捧げる曲」のCDを作成した。この曲は、紀宮殿下が2003年中米のホンジュラスを訪問された際、ホンジュラス国立音楽学校の教授が作詞・作曲して歓迎コンサートで演奏された美しい曲である。
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2007年8月4日(土)
ウルグアイの首都モンテビデオにおいて惑星科学(Planetary Science)に関するワークショップ(http://www.astronomia.edu.uy/cospar2007/index.html)が7月23日から8月3日の間開催された。日本からも天文学、小惑星の権威の方が参加して数回にわたって講義を行った。米国のNASA、欧州のESA、SETI Institute、メリーランド大学、ブラジルのINPE、ウルグアイの共和国大学などの専門家の皆さんも講義した。
出席者は、アルゼンチン、ブラジル、チリ、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ、ベネズエラからの数十名である。いずれも、非常に熱心で優秀であるとの印象であったという。
ちなみに、日本では、小惑星探査機「はやぶさ」が2003年5月に打ち上げられ、2005年9月に小惑星イトカワに到達し、約3か月間にわたってイトカワの観測や表面へのタッチダウンなどを行い、現在、2010年6月の地球帰還に向けて航行中とのことです。
小惑星「イトカワ」は、これまで探査機が到達した内で、もっともい小さな小惑星であるが、今までにない特徴をもった小惑星であるらしく、宇宙、惑星、太陽系の起源などの謎の解明に貴重な貢献をするものと期待されている由である。
興味ある話を聞いた。地球は、137億年前にできたということであり、現在、137億年前に発せられた電波が地球に届いているのだという。我々が見るアンドロメダ星雲の光は、230万年前の光であるという。我々が見ている星のうち、すでになくなっている星があってもおかしくないという。今、宇宙は拡大しているというが、いつの日か、縮小に向かうかもしれないという。
マゼラン星雲は、南半球でしか見れないとのことである。大マゼラン星雲は、16万光年、小マゼラン星雲は、20万光年の距離にあるという。今度見てみたいと思う。
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2007年7月28日(土)
7月27日、ウルグアイのピリアポリス市で日本文化展の開会式が開催された。会場となったピリアポリス文化会館には大勢の市民が参集した。
この文化展では、日本紹介のパネルの展示、着物、人形、玩具などが展示されている。1週間にわたり展示される。
ピリアポリスで折り紙を習っている生徒たちが、自分たちで折った折り紙を参加者に配っていた。ウルグアイでは、約4千人もの人たちが折り紙を習っているという。
市の関係者は、ピリアポリスには、千数百名も収容できるホールもあるので日本文化、音楽などの紹介に使って欲しいと言っていた。また、日本語教室も開きたいと言っていた。
折り紙を習っている生徒たち。
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2007年7月24日(火)
急遽、日本に一時帰国することとなり、7月11日夕刻、ウルグアイの首都モンテビデオを出発した。東京着は13日午後。ブエノスアイレス、マイアミ、ダラスの3か所で乗り換え。
あわただしい日本での滞在の後、23日夕刻、東京発、ダラス、マイアミで乗り換え、24日午前、モンテビデオに到着。
ウルグアイ・日本往復、5日間もかかる。フライトのコネクションが良くない。せめて1回乗り換えで往復したいものである。
因みに、いずれのフライトも満席である。航空会社の経営が大変だという話はよく聞くが、どうしても信じられない。
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2007年7月8日(日)
7月6日、JICAの駐在員事務所がウルグアイに設置されたのを記念してレセプションが開催された。
日本は、1978年よりウルグアイに技術協力を行ってきた。プロジェクト協力、専門家派遣、研修員受け入れ、シニアボランティア派遣などで供与額は、1億ドルを超える。研修員の受入れは、1,000人を超える。現在、3名の専門家、21名のシニアボランティアの皆さんが活躍している。協力分野としては、農牧林業、教育、保健衛生、環境など多岐にわたる。
この日のレセプションには、日本の協力と関係がある多くの方が集まった。各地方からも来ていた。外務大臣も80歳の外務次官も参加した。外務次官は9時過ぎに来たが、それまで仕事をしていたという。
レセプションで挨拶と乾杯が終わった後、音楽を得意とするシニアボランティアによるサキソフォーン演奏がモンテビデオ交響楽団員のピアノ伴奏で披露された。サキソフォーン演奏での春の海を初めて聞いた。もう一曲はピアソラの曲であった。
手ぶれ防止との説明付のデジカメではあるが、シャッター速度が遅くなると手ぶれになってしまう。左端がガルガノ外務大臣、女性がエレーラ外務次官。
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2007年7月8日(日)
7月5日ベネズエラのナショナルディー・レセプションが開催された。独立196周年記念である。1811年の独立であるので1776年の米国の独立から35年後ということになる。
メルコスール(南米南部共同市場)の建物で開催された会場は立錐の余地もないほど招待客で埋まっていた。ベネズエラ音楽も演奏されていたが、音楽を楽しむといった雰囲気ではなかった。
ベネズエラのチャベス大統領のすすめている政策は、米国と相いれないところがあり、関係がぎくしゃくしている。しかし、ここでは米国大使も出席したと新聞が報じていた。
メルコスールは、1995年関税同盟として発足。アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ブラジルの4カ国が加盟国。ベネズエラの加盟手続き中。ボリビアが加盟希望表明。チリ、ペルー、エクアドル、コロンビア、ボリビアが準加盟国。南米のガイアナ、スリナムを除く国が加盟国か準加盟国である。メキシコも加盟希望を有している。
現在、ベネズエラのメルコスール加盟については、ブラジルとパラグアイの批准待ちであるが、このことをめぐってベネズエラのチャベス大統領はいらだちを示している。因みに、ウルグアイは、最初に批准した。メルコスール事務局は、ウルグアイの首都モンテビデオにおかれている。メルコスール議会も発足した。
日本の銀座には、メルコスール観光事務所http://www.mercosur.jp/が設置されている。メルコスールとして域外にある事務所として唯一のものである。所長がブラジル人、次長がウルグアイ人、アルゼンチンとパラグアイにそれぞれ滞在していた日本人スタッフ2名で構成されており、活発に活動している。
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2007年7月7日(土)
ウルグアイの位置する南緯30度から35度の気候はブドウ栽培とワイン醸造にとって理想的だという。ウルグアイには広大なブドウ畑がありワイナリーも約350か所あるという。
ウルグアイの代表的なワインは「タナ」種のワインである。ポリフェノールが他の品種よりも格段と多い。強い抗酸化作用を有しており、老化の原因といわれる活性酸素を除去する働きがあるといわれている。このタナ種のワインで製品化されているのは、ウルグアイとフランスの南部の一部だけだという。ウルグアイのタナのワインは、国際ワイン大会で何度も賞を得ている。今年開かれた大会では優勝したという。
ウルグアイのワイナリーの老舗、ロス・セロス・デ・サンフアンを訪問した。手違いで事前の連絡が入っていなかったにもかかわらず、親切に案内してくれた。ウルグアイの文化遺産にも指定されているワイナリーである。1854年創業、もっとも古いワイナリーということになる。
ここのワインも世界各国に輸出されている。私もタナ種のワインを購入した。タナ種のワインは渋みがありコクがあり、これを飲むとほかのワインが飲めなくなるほどである。日本にはほとんど知られていないが、輸入している業者はいる。
案内してくれたアントニオさんとロミナさん。ロミナさんはワイン醸造学者(ENOLOGO)である。まだ、21歳という若い人。
ワイナリーに併設のパン屋さん。火でパンを焼いている。パン屋さんの親子。一緒に行ったウルグアイ人は、パンを食べ過ぎると太るといわれていると言っていた。
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2007年7月7日(土)
ウルグアイの首都モンテビデオからラプラタ川沿いに西方向に177km上流に行ったところにユネスコの世界遺産となっている「コロニア・デル・サクラメント」がある。
1680年ポルトガルによって築かれた港である。南米への物資輸送の戦略的要衝であったため、ポルトガル、スペイン、英国の間で繰り返し奪い合いが続いた歴史を持っている。
アルゼンチンのブエノスアイレスは、ラプラタ川をはさんで対岸にある。フェリーで一時間足らずであるので、アルゼンチン人が週末を過ごすことが多いという。ブエノスアイレスの喧騒の巷から静かなコロニアに憩いの一時を求めるのだという。
コロニアは世界遺産になっているだけあってウルグアイの有数の観光地となっている。近くには、ワイナリーもあれば、馬などに乗ったりして牧場生活を楽しむエスタンシア観光もある。牧場では、ガウチョと呼ばれる牧童たちが家畜の世話をしているので、この観光のことを「ガウチョ体験」と言っている。エスタンシアの馬はおとなしいので誰でも乗れるという。
このコロニア県には、スイスなどの中欧からの移民が多いという。チーズを作っている。道理で乳牛が多いところである。
対岸はブエノスアイレス。夜になると明かりが見える。
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2007年7月1日(日)
どこの国でもより良いあしたのため教育が重要である。ここウルグアイにおいても貧困地域の児童のため教育、社会開発活動を行っている非営利団体がある。「善意の部隊」という。日本もその活動を支援した。
2007年6月29日(金)「善意の部隊」児童ケアーセンター落成式が執り行われた。
○「善意の部隊」は、社会的危機的状況におかれている児童を対象に、教育活動、栄養改善活動、社会開発活動、健康改善活動などを実施している非営利団体である。
○ 日本は、このセンターの施設整備、資機材整備のため約2万米ドルを供与した。多くの市民からの寄付もあった。
○ 落成式には、関係者数百人が集まった。式典では、ウルグアイの国歌と日本の国歌が歌われた。両国の国旗も掲揚されていた。日本の国歌を聞くのは、ウルグアイに来てこれで2回目となる。ウルグアイの人たちは、全員大きな声で自分たちの国歌を歌う。国歌の他にも国旗に対する歌も歌っていた。
○ 式典の後、講堂で児童たちによる歌、踊り、寸劇が披露された。
落成式には多くの報道陣も来ていた。ウルグアイの記者とカメラマンです。
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2007年6月30日(土)
6月28日には、カナダのナショナルディー・レセプションがモンテビデオ・ゴルフクラブで開催された。カナダ大使は女性である。カナダ大使の他、メキシコ大使、パナマ大使、ポルトガル大使、コロンビア大使、キューバ大使も女性である。
写真は挨拶をしているカナダ大使
6月29日には、第231回米国独立記念日・祝賀レセプションが米国大使公邸で開催された。招待者が多いためグループごとに招待時間を3回に分けて行うとのことである。
この日のために、大使がカリフォルニア出身ということもあるのでしょうか、カリフォルニアからワインなど大量に持ち込んだとのことである。ハンバーガーなどの他にのり巻が出されていた。しかし、醤油はなくてどろどろしたお好み約ソースみたいなものであった。
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2007年6月30日(土)
1万kgの焼き肉大会を開きギネスブックに載せようという企画がある。これは、今年11月、ウルグアイの首都モンテビデオで開催しようというものである。
この企画は、単にウルグアイ産牛肉を世界に広めるだけでなく観光振興にもつながるものと思う。
ウルグアイは、食肉を米国、ロシアをはじめ多くの国に輸出している。グラスフェッドのため狂牛病の恐れはなく、衛生管理もしっかりしている上に品質も良いとのことである。
イスラエルの全牛肉消費量の何と70%はウルグアイ産という。
因みに、日本は輸入していない。
焼き肉大会に関する最近の新聞報道は次のとおり。
2007年6月15日(金)EL PAIS紙
全国食肉協会がウルグアイ版「マクドナルド」を推進
外国に焼き肉チェーンを
○ 全国食肉協会は、ウルグアイの名を冠したレストランを国際規模で展開することと今年11月モンテビデオで世界最大の焼き肉大会を開きギネスブックに載せることを企画している。この焼き肉大会では、1万キログラムの肉を焼くことを考えている。
○ この企画は、昨日14日、全国食肉協会のLuis Alfredo Fratti会長とバスケス大統領が会談した結果、ウルグアイ産食肉をアジア市場に広めることが重要であるとの認識から生まれた。
○ 大統領との会談は、今年中に大統領のアジア諸国訪問が検討されていることから、ウルグアイ産食肉の輸出のため、韓国などのアジア諸国の市場が重要であることを説明するために行われた。
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2007年6月26日(火)
6月25日午後8時からソリス劇場でウルグアイ交響楽団によるコンサートが行われた。
この写真は、演奏前のものである。バルコニーは5階まである。演奏中は撮影禁止である。
指揮者は、米国インディアナポリスから来たStanley Derushaさん。日本でも指揮をしたことがある。
ベートーベンのピアノ協奏曲第3番とドボルザークの交響曲第3番が演奏された。
ピアノは、チリ生まれのEdith Fischerさん。日本でも演奏したことがある。心に響く演奏でした。
隣のバルコニーには、米国大使の家族がいた。大使夫人と話した。氷川丸でシアトルから日本に行ったという。氷川丸とは、昔、修学旅行で見学した船である。横浜の山下公園前の港に係留されていた。現在は、船体の修繕、内装の修復、桟橋の補修工事をしており、2008年春に再度公開するとのことである。
インターミッションの際、ロビーでフォークランド諸島からモンテビデオを訪問中の政府高官に会った。フォークランドの人に会うとは今まで想像もしていなかったことである。フォークランド諸島には、日本からイカ釣り漁船が行くと言っていた。
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2007年6月23日(土)
世界各国にいるレバノン系移民とその子孫は、本国の人口400万人弱の約4倍もいるという。オスマン帝国による迫害からキリスト教徒が世界各国に逃れたという。特に、中南米に多く逃れた。
ブラジルには、約800万人、アルゼンチンには、約200万人、そしてウルグアイにも6万3千人いるという。特に、ブラジルの800万人というのはすごい。因みに、ブラジルにおける日系人約140万人。
日産自動車のカルロス・ゴーン社長兼最高経営責任者もレバノン系ブラジル人。祖父がレバノンからブラジルに移民したという。
レバノン系移民は様々な分野で活躍しているという。ブラジル議会議員の10数パーセントがレバノン系であるという。ウルグアイでも5人の議員がいる。95%がキリスト教徒。
お金持ちも多い。2006年の世界長者番付で3位となったカルロス・スリム氏は、通信事業を営むレバノン系メキシコ人。勿論、中南米1の大富豪である。因みに、世界長者番付1位は、マイケルソフトのビル・ゲイツ会長(推定資産560億ドル)、2位が投資家のウオーレン・パフェット氏(520億ドル)。スリム氏の資産は490億ドル。
ウルグアイにいるレバノン系移民には、大富豪はいないという。ウルグアイでは他の人より抜きん出ようというより同じで良いのではという雰囲気が優っているのだという。
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2007年6月19日(火)
6月17日、日本人会会館に行った。
その帰り道。道路わきに中年の男性が座っている。すでに飲んでしまったビール小瓶2本をそばにおいて3本目を飲んでいる。
この人は、朝パンを作るパン屋さん。美味しいので評判であるらしい。
何年も前に、この男性が座っている前の道路で奥さんと息子さんが交通事故で亡くなったのだという。
それ以来、毎日欠かさず、仕事を終えた後、昼過ぎに、その道路の脇に座ってビールを飲むのだという。
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